烏有文集 二〇一九年十月

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2019.10.01 [火] カクヨムエッセイ
2019.10.02 [水] 配線間違い
2019.10.03 [木] ネバーエンディングマシンガントーク
2019.10.04 [金] ダークナイトは理解されない
2019.10.05 [土] ホンダラが見つかった
2019.10.06 [日] イース8を遊んで気づく、わたしのA・RPG好き
2019.10.07 [月] 芥川の「偸盗」を読み直し
2019.10.08 [火] 本棚の現状
2019.10.09 [水] 牛肉をつかって
2019.10.10 [木] デザートが昼食
2019.10.11 [金] 麻婆スパ
2019.10.12 [土] 70時間
2019.10.13 [日] サッシャ・ギトリ映画
2019.10.14 [月] 災害と文学
2019.10.15 [火] イース7

2019.10.01 [火]
カクヨムエッセイ

おっちゃん氏によるエッセイ「ハイファンタジーとは何か?」(https://kakuyomu.jp/works/1177354054890880092)を拝読しました。そのなかのひとつ、「修道士は何故素手で攻撃する?」の内容――モンク(修道士)はなぜ素手で殴るのかについての考察がよかった。まさか、ブルース・リーから来ていたなんて。いま遊んでいるゲームの『ディアブロ3』でも、モンク職は素手の攻撃が前提になっていたなと思い出しました。

カクヨムやなろうにあがるエッセイは、同人作家の楽屋話みたいなものが多くて、食傷気味だったりします。こちらが関心のある分野のことを、さらりと書いてくれるエッセイはなかなか見つかりません。見つけにくいからこそ、見つけたときの喜びは、ひとしおです。これからも定期的に、検索を掛けて、自分に合ったものを見つけてゆきたいものです。

2019.10.02 [水]
配線間違い

機器の配線を間違っていたために、これまで回線速度が出なかったのでした。プロバイダからの緊急メールでようやく間違いに気づきました。半年以上も間違った配線のままでネットをしていたのですから、バカさ加減もきわまってます。アイスボーンのDLなんて、5日くらいぶっとおしでPS4が動いてましたし、そのあいだPCで観る動画は重かった。種がわかってみれば、なんのことはない。やれやれでした。

部屋の掃除をしました。ひさしぶりにちゃんと掃除をしました。明日遊ぶ予定だった友人に用事ができたので、一日時間が空きました。部屋でゆっくり過ごすことにします。

2019.10.03 [木]
ネバーエンディングマシンガントーク

 

ブックオフで買ってきました。帰宅後すぐにDVDを一枚観ました。『夢を見ましょう』(1936年・80分)です。ギトリさんの言葉の流れがすごかった。橋田寿賀子ドラマもかなわないくらいに、えんえん言葉が連なってました。あそこまで行くと、もう爽快です。いうほうもイケイケなら、きくほうも、もっとやれ、と応援したくなりました。全篇を通じて、マシンガンのようなセリフの洪水でした。こんな映画もあるんですね。よかった。

 

 

『達人伝』も読みました。8月末に刊行された最新刊です。この巻ではじめて劉邦が登場しました。(以下、ネタバレになります。)

盗跖の遺児が劉邦である設定がとてもよい。指摘されるまで気づかなかったけど、たしかに盗跖と面立ちが似ています。ほくろが72個あることも小ネタとして挟んでこられますし、樊噲も出てきました。このあとの時代を追うのも楽しみです。

一方、王后趙姫が、ゲイコツに再会して過去のトラウマをぶり返させ、精神を病むシーンが、内容的にきつかった。始皇帝になる少年が大人の思惑をすべて見透かしているところは不気味でした。『蒼天航路』時代から、時代の英雄は、常人の常識を余裕で超越してくるという描かれ方になっているのですよね。嫌いじゃないのです。

 

*

 

 

これは市販のレトルトトマトソースに、豚肉とエリンギを炒めて合わせました。おいしくいただきました。

2019.10.04 [金]
ダークナイトは理解されない

『ダークナイト』が地上波で放送されたことから、ネット界隈が慌ただしくなりました。YouTubeチャンネルでも、バットマンシリーズを取りあげているし、バットマン――とくにダークナイトを見せたがる男の心理は、女性にはわからないというネタがありました。ダークナイトに惹かれる男のタイプは、ひとつの分類として立派に通用するようですが、いい意味では使われていません。誰かに映画を見せるなら、ヒューマンドラマのほうがいいくらいのことはわかります。

2019.10.05 [土]
ホンダラが見つかった

 

 

仕事終わりに買ってきました。フォーナイン(99.99)のキウイ味です。ビターなのが売りのこのシリーズ。やっぱりこんかいも甘さ控えめの辛口でした。仕事で疲れていたため、ちびちび飲んでいたにもかかわらず、いつもより酔いの回るのが早かった。椅子に座ったまま、寝てしまいました。

 

 

3DS版『ドラゴンクエスト7』です。半年間、ストーリーの進行が止まってました。検索で情報を見つけて、やっと酒飲みのホンダラを見つけられました。石板の向こうの世界と、こっちの世界を行き来しながらストーリーを進めます。いまの社会にネットがなければ、きっと詰んだままでした。まだまだ序盤です。ゆっくり進めます。

2019.10.06 [日]
イース8を遊んで気づく、わたしのA・RPG好き

Vitaで『イース8』を遊んでます。ARPGは面白い。聖剣伝説から、悪魔城ドラキュラから、ARPGは好物でした。ゲームの原体験は、パックマンや、忍者くんや、マリオなどのアクションゲームでした。瞬発力が求められ、かつ、つねに緊迫感と隣り合わせで困難を打開してゆくゲーム。始終付きまとうハラハラ感にこそ、ゲームの面白さがありました。アクションだけでは飽きが来る。ストーリーだけではゆっくりしすぎる。国産のARPGは難しすぎず、わたしのようなヌルゲーマーにもなんとかなるレベルのものが多くて安心です。

イース8。コンプリート達成要素のあるのがよいですね。100%を目指して、プレイがはかどります。イースはこれまで、1と2をPC98で遊んだだけでした。『フレイ』や『サーク』といったゲームもありました。あのころから較べれば、画面は3Dですし、システムも別物といえるくらいに機能が充実しています。あと、アドルと冒険を共にする令嬢の衣装が戦闘に不向きすぎて、若干けしからんのです(和製RPGあるあるですね)。それもまたよいのですけど。

2019.10.07 [月]
芥川の「偸盗」を読み直し

「新潮11月号」を購入しました。新人賞の講評を読むのが楽しかった。選考に残れない自分には、講評の内容は、手の届かない先の話でしかないけれど、見えていない世界だからこそ、面白く読めるということもあるのかも。今号は、鼎談「黒澤明の「告白」」に興味を惹きつけられました。芥川の「偸盗」にはドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の影響があるという趣旨の発言が気になります。さっそく全集をひっくり返して、偸盗を読みはじめています。

 

 

全集はかさばるため、仕事には新潮文庫を持って行き、休憩時間にも読んでました。前回読んだのは5年前です。このところまったく読んでこなかったおかげで、読み方の変わったのもわかります。内容にあらたな発見もありました。

( )括弧で括られる部分の告白体の、みずみずしさ、なまなましさは、人物の息吹を吹き込まれる思いを抱きました。どうして以前に読んだときには、このような感懐を催さなかったかと、かえって疑問に思うほどでした。それこそが読みの精度が日々向上している証拠なのでしょう。

太郎と次郎の、真情的な和解のシーンに到るまでの道のりをゆっくり追走していきます。

2019.10.08 [火]
本棚の現状

きょうは、いまの本棚の写真から――。

 

 

寝室サイドの部屋の一面に据えてある本棚です。ここ二年くらい、さま変わりはしていません。新潮文庫、岩波文庫がメインで、ほかに集中的に読んでいたいシリーズ物をいくつか並べる感じです。ハードカバー、ノート、バインダー等は、別に保管しています。

置き切れない本の幾割かは、押し入れに押し込んでおります。

 

 

《ペリー・ローダン》シリーズや、「帝都物語」、「十二国記」に、旧ムアコック本、「SAO」、「ネトゲ嫁」、そういった文庫本も、スペースさえ許されるなら並べておきたいですが、収納が足りないため、積み上げています。

ハヤカワ文庫のFT部門は、別のプラスチックケースに入れています。以前、ツイッターに公開したことがありました。00年代のものが過半です。出るものを毎月買っていました。いまは刊行自体まれですが、わたし自身、購入することもまれになりました。当時の本には、再読したい本もたくさんあるし、まだ読んでいない本もかなりあるのです。

2019.10.09 [水]
牛肉をつかって

肉が賞味期限前だから、使ってほしいと、家族から要請がありました(おこめは、新米です)。

 

 

内容説明――

牛肉(こま切れ)の炒め物――タレ(醤油、味噌、日本酒、砂糖、生姜、和がらし、塩)
茹でキャベツ――煮汁(水、ホタテの貝柱のスープ(粉末)、塩、こしょう、和風だし、しょうゆ)
エリンギの炒め物――オリーブ油、塩、コショウ

 

*

 

家族には好評でした。自分の料理理念は、和風でなく洋風のもののため、トータルの味を想定して味を足し足ししていきます。レストランでは完成形しか味わえません。そのトータルの味をそれぞれの店に実地に食べてきたので、味覚のストックはあります。どのくらいの味にすれば、どのくらい旨味が感じられるかも、手触りとして自分のなかにあるわけです。

自分のイメージする所に、味を落とし込んでゆけばよいのです。味付けは一発勝負の、二度と同じ料理はつくらない姿勢です。ありえない失敗はまずありませんので、なんとかなっています。

いつものように、見た目はいまいちです。
また近いうちになにか作ります。

2019.10.10 [木]
デザートが昼食

きょうの昼食は、一週間前から決めてました。

 

 

赤城乳業の、イチゴフレーバーの、アイスクリームパフェです。これだけでカロリーが450kcalくらいありました。それとおーいお茶、あと、総菜コーナーで、カレイの天ぷらの甘酢かけを食べました。アイスパフェのために、炭水化物はスルーしました。

アイスを堪能しました。糖分とりすぎが気になるけれど、3時間後のおやつの時間にも、今度は、ゼリーで糖分を摂取しました。

 

 

こちらは白ワインのジュレと、赤ワインのジュレの入った三つのフルーツのコラボゼリーです。「オトナの」と銘打つだけあって、たしかに大人向けの味がしました。ビターテイストですね。でも、背伸びしたい子どもでも喜んで食べそうです。ただ若干のアルコール分が含まれていますので、運転する人は要注意です。

 

*

 

三木清さんの「如何に読書すべきか」という小文を青空文庫で読みました。URLを張っておきます ⇨(https://www.aozora.gr.jp/cards/000218/files/50535_37478.html

 

 

ショーペンハウエルの「読書について」と併読してみたい内容です。

2019.10.11 [金]
麻婆スパ

食べ物のネタが増えてます。
きょうはスパゲッティを茹でて、レトルトの麻婆豆腐をかけました。
ひき肉も入ってるから、中華式ミートソースといってもいいだろうか(ムリがあるかな)。

 

 

花椒の風味と唐辛子の辛味が混ざりあって、パンチが効いてました。
別のメーカーのものでも挑戦したくなりました(こんどは甘いのがいいなあ)。

2019.10.12 [土]
70時間

 

台風19号のニュースがテレビの世界を席巻しています。そんななか、買い出しにいって、昼食にこれを食べました。さわし柿とブルガリアヨーグルトです。

 

 

前にご飯を炊いてから、70時間以上もジャーの中にごはんを入れっぱなしにしていました。ときおりこういうことをやらかします。昨日は一日、ジャーを一回も開けませんでしたし。

 

 

夕食は自分でつくりました。

 

 

❶ ピラフでもチャーハンでもない何か。

鮭のハラミ、しらす、レタス、ねぎ
炊き立てのご飯、貝柱スープのもと、しょうゆ、しお、こしょう、油

❷ 炒め物

牛肉のこま切れ、ピーマン、卵(3人分で4個使用)、ねぎ
清見ソース、XO醤、しお、こしょう

2019.10.13 [日]
サッシャ・ギトリ映画

このまえの木曜日にデジタルペーパーを使って、友人が描いた穴子のイラストを、ツイッターにアップしました。

 

 

ツイッターを利用されていない人なので、ある意味これがツイッターデビューになるのかもしれませんが、それはさておき。

デジタルペーパーの有効活用ができていないと感じています。文章を読むのは、本でできるわけだし、ネットは、カラーで閲覧できるPCのほうが、内容読解には適しているし、A4サイズは持ち歩きには不便なのですよね。そこでついつい放置気味になってしまう。

以前のように、自分の字がきれいだと思えるものだったらよいのですが、もう十年以上前から、自分の書く字が、無残なくらいに汚いものになってしまいました。キーボードを使っている弊害と、一概にいえないかもしれない。きれいに書こうという意欲が失われたのかもしれない。書いているときに、自分に自信をもっているときほど、きれいにかける気がする。その自信というか、自負心に近いようなやる気が失われているいまでは、きれいに書くよりも、早く書くほうに自分のリソースを割り振ってしまっているかたちです。書く速度は速いです。ときおりは、あとで読み返して判読不能な文字を書くこともあります。怪文書にちかいかもしれません。怪文書かな。呪文書といってもいいかもしれません。せめて読める文字を書かないとですけどね。

 

*

 

 

昨夜は映画観賞会とあいなりました。

このまえブックオフで購入した、サッシャ・ギトリ傑作選(DVD3枚組)のなかの、2枚目「デジレ」(1937年・98分)と、3枚目「カドリーユ」(1938年・95分)を観ました。

風雨がきつくなるときもあったけど、ヘッドフォン🎧をしてゆっくり楽しめました。しっとりと味わうことのできる会話劇でした。日本語吹き替えよりも、フランス語のままで字幕によって楽しむのもよかった。これが1930年代に撮られていたのかと思うと、その時代に日本ではやっていた文学の流れと照らし合わせてみて、どんなものだろうなんて、考えもしました。1930年代は『純粋小説論』、島崎藤村『夜明け前』が1935年、永井荷風『濹東綺譚』、志賀直哉『暗夜行路』が1937年、そういうころに撮られた映画なのかと思うと同時に、小林秀雄の書いていた、純粋小説についてというところの、純粋映画というものを、ギトリさんの映画を見ながら、ちょっとだけ考えもしたのです。舞台から持ち込んだ仕掛けがあって、映画を映画として純粋に作り上げるにはどういうアプローチが必要かということと同様に、小説が小説としてほかの芸術とちがったものを込めるにはどうすればよいかということを、考えさせられます。答えはでませんけどね。映画。よかったです。

2019.10.14 [月]
災害と文学

災害が起こった後に、それを題材に作家は小説を書くことを試みる。社会に爪痕を残した出来事をどのように捉えるかに着目するのがわたしの読み方だけど、記録文学としての意味があってはじめて、時事は、未来に通用する文学になると思っている。災害に限った話ではない。身内の不幸でもそうだし、日常身辺の不平不満でもいい。書かれた内容が未来に残っていくとして、それが見も知らない人にとっての新たな価値として、十分に通用するものであれば、書かれただけの甲斐も十分に担保されると思っている。

純粋芸術か、大衆芸能かという、物差しの両端の、どの部分に位置を占めるのかと考えてみる。個人の悲惨が、どのように整理されたかが問題である。はなから整理などできないという向きには、まだ書くべきときが訪れていないというしかない。自分の身に引き受けない悲惨は、どのように整理をつけようとも、手につくものではない。書くべき必然を伴って、意志が備わり、年月の陶冶によってこなれないことには、十分に書きこなされることのないのが、個人のなまの体験だと思っている。

震災文学に感心するものが少ないのは、わたしに共感する力が不足しているからなのか。過去の残虐事件の懐古的作品にしても、どうしてもそれを読み続けなければならないような覚悟を奮起させるものに出会うこともない。それが商業ラインに乗らないから、流通しないのもあるけれど、きっとこれを書くしかないという書き手側の覚悟が不足しているのだと思う。猫に鈴をつけること。猫が見えないのか、いないところに避難したがるのか。そもそもつけなくても、誰かが包囲してとらえるだろうと、他力にすがっているのか。わからない。

2019.10.15 [火]
イース7

イース7を遊んでます。

 

回復アイテムの慢性的不足にともない、ココヤシの採集に取り組んでいます。不足に陥るのは、わたしのプレイがまずいからに決まっていて、ピンチに陥るたびに、じゃぶじゃぶ回復アイテムを用いるからです。ココヤシは、一定時間が過ぎれば、そこらの海岸のヤシに実がなるので、それをもいでため込みます。

即時効果のアイテムなので、あればあるだけ冒険の助けになります。一方、食材を消費して作成する「料理」アイテムは、満腹のゲージがあるため、短時間に何個もばくばく食べるわけにはいきません。ただ考えてみれば、ココヤシだって、ちょっとの間に、3個も4個も食べられる設定なのがおかしいのですが、それをいいだせば、ドラクエの「やくそう」、FFの「ポーション」、聖剣伝説の「まんまるドロップ」、ポポロクロイスの「いやしのは」のころから、変わっていない、和製RPGのお約束なのです。

わたしも年齢が年齢なので、ゲームのプレイも落ち着いたもので、アクションRPGは、ボタンを押して、適度にはらはらしながら、亀の歩みでプレイを進めていくのが気分転換にもってこいです。一回に一時間も遊ぶことはありません。せいぜい、20分、30分ていどです。あとの時間は、それこそ、文字を読んだり、書いたりにあてています。さいきんでは、映画を見たりもしてますね。

書くことに困ったら、さいきん触れたコンテンツについて書いてみることにしていて、自然、食事のことだったり、ツイッターでつぶやいたことだったり、ゲームの内容だったりが増えることになっています。

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Author : sougen

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