烏有文集 二〇二〇年二月

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2020.02.01 [土] 菅野よう子さんの音楽
2020.02.02 [日] 新型コロナウイルス
2020.02.03 [月] 恵方巻は無駄でしょう
2020.02.04 [火] 記事はつねに公開
2020.02.05 [水] エンヤの思い出20年越し
2020.02.06 [木] あんこにコーヒーは正義
2020.02.07 [金] プレイ記事を書きたい気持ちもある
2020.02.08 [土] 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(下)』
2020.02.09 [日] 永井真理子ファン
2020.02.10 [月] 『この世の彼方の海』
2020.02.11 [火] ディアブロ3
2020.02.12 [水] ヘンケル包丁
2020.02.13 [木] カネシロパレス進捗
2020.02.14 [金] るなどんアイコン
2020.02.15 [土] 濃霧注意

2020.02.01 [土]
菅野よう子さんの音楽

生活のうちにファンタジー成分のないことには円滑に日常が過ごせません。きょうは突発的に、あるゲームの音楽を聴きたくなりました。すでに懐古ゲーマーによってしか語られることのないタイトルですが、ドリームキャストで出ていた『ナップルテール』というゲームです。

菅野よう子さんが音楽を担当されました。菅野さんといえば、WikiPedia情報ですが、光栄さんの『信長の野望』のゲーム音楽であったり、『コードギアス』シリーズの音楽だったりで知らないうちに耳にしていたというのが本当のところです。

 

 

シビアな操作判定のあるゲームではありませんが、ギミックも多く、多彩なアクションを使い分けながら一面ずつクリアしていくタイプのゲームでした。ステージには多くの宝箱が隠されていて、これをコンプリートするにはやりこみに耐えるだけの根気も必要でした。マップは春夏秋冬の四つのゾーンに分かれていて、それぞれのステージでは四季に合わせてBGMも変化するという、まるでおとぎの国に迷い込んだようなファンタジックな世界観が素敵でした。全体的におかしの国みたいなファンタジックな味付けのほどこされた風景で、異世界を歩きまわる楽しさがありました。その音楽部分だけが、カテゴリーで分けられた二種類のCDになっています。今回は『怪獣図鑑』だけ購入しました。もう一枚の『妖精図鑑』もそのうちに買いたいです。

2020.02.02 [日]
新型コロナウイルス

新型コロナウイルスのニュースが巷を席巻しています。でもたとえ罹ったにせよ、致死率はインフルエンザと同等かそれより低いくらいといっているので、騒ぎすぎのようにも感じます。中国の武漢であそこまで事態が差し迫っているのは、医療機関のキャパシティに比べて患者の数が多すぎて手が足りなくなっているからでしょう。つまり医療機関がパンクしている状況なのです。個々の対応についても、経口感染による人から人への汚染の原因が、衛生環境の劣悪から来るらしいともいわれていて、それは国柄によりそうです。汚物を適切に処置しきれていないことからくる菌の蔓延ということもありそうです。ちなみに国内では、これはすこし形式がちがうけれど、少し前にはやった豚コレラはちゃんと封じ込められたのでしょうか。知り合いの話では、いまだに山野に徘徊している動物の中に保菌対象がいるということですが、もう報道で触れられることがなくなったように思います。

2020年はオリンピックイヤーですが、防疫体制に懸念のある中で、国際大会をこれから開いていくことの是非を日本だけにとどまらず、ほかの国でももっと話し合ってみてほしいと思いました。心配は心配しすぎるくらいがちょうどいいというほどだけど、糠に釘、のれんに腕おしみたいな、ところてんみたいな対応がわたしにはどうにも頼りないのです。対策においてもテキパキ行動してくれれば安心感も格別なのにね。

2020.02.03 [月]
恵方巻は無駄でしょう

コンビニエンスストアでアルバイトをしていた時期もあったので、この節分の時期の、『恵方巻』の宣伝の仕方は始終気分の悪い物でした。子供のころはまったくそんな風習が周りになかったのに、数年前にはシーズンが来たと思われるよりももっと前からしきりに宣伝を打って、これをしなければ時代遅れだみたいな雰囲気を醸していくスタイルが苦手でした。クリスマスのケーキとか、土用の丑の日のうなぎとか、そういうのはまだ伝統に近いものがあって、マイナー、メジャーでいえば、メジャーの側だったので、恵方巻ほどの拒否反応はありませんでした。だいたい恵方巻って、宣伝を山ほどしても、あほほど新聞広告を打っても、CMで取り上げようと、費用対効果みたいなものを思えば、そんなにお金をかけて宣伝する必要あるんかね、というくらいに不人気なコンテンツだったとわたしは記憶しています。フランチャイズ店の仕組みからいえば、店頭で全数廃棄されようとも、店が仕入れてくれればそれがほぼ本部の売り上げに直結するのだから売れても売れなくてもいい、とにかくノルマの数だけ仕入れなさいという方針になってました。だから、食品を作る側に立ってみても、お客さんの口に入らなくてもいいものを、数合わせのためだけにせっせと工場で必要個数を生産させられていただけで、何のために物を作るのかという点において、届け手不在の状況が食品業界のなかにはびこっていたんだとわかっています。今年はそういう業界との接点が薄かったから、節分感覚もなかったし、恵方巻の宣伝を見かけることもありませんでした。これが本来の平常運転なんだろうと思います。

2020.02.04 [火]
記事はつねに公開

二週間くらい前から体調を壊しているので、ここしばらくの日記は、一週間くらい書くのを溜めてから、まとめて書いています。今回も実は二月一日からきょう(二月七日)までの日記をまとめて書こうとしているわけであります。

十数年間、毎日、小説の文章を最低10枚は書いてきたこともあったわたしが、ほぼ一週間、自分の文章を書かない時間があるというのは、かるい禁断症状が出てしまっても仕方のないことです。こうして思うことをキーボードで打っていると、満たされなかった気持ちが次第に充足されていく感覚に駆られます。

わたしは100%プライベートの文章は書かないのです。どれを書くにしても、ほぼ人に見せるスタイルをとっています。個人的なはずのこの日記の内容も、書いたらすべてオンラインで読める状態にしてしまいますし、趣味で書いている小説やエッセイにしても、書けたらオンラインの投稿サイトであったり、自分のwebサイトにアップして人に見せてしまいます。

隠れてこっそり書いていたら、もし人に見つかったときにそのダメージが計り知れませんし、またバックアップのない状態のオリジナルデータを、コピーもせずに単体で持っておくことの危険性も知っているからです。またそういうデータに限って、まちがって消去してしまったり、データ破損の危機に巻き込まれたりするものですからね。

でもこうして書いていて、つくづく思うけど、わたしは毎日、なんらかの文章を書いていないと精神衛生上、あまりよろしくないんだなと痛感します。書けることの幸せを思いっきり噛みしめています。

2020.02.05 [水]
エンヤの思い出20年越し

仕事と部屋の往復という印象が毎日の生活に付きまとってくると、気持ちがどよんとふさがってくる気がします。自分、なんのために生きているんだろうなという気持ちに憑りつかれるんですね。でもそんなときこそ、わたしには音楽があるんだと思わされます。

 

 

思えば、小学六年のときに親にラジカセを買ってもらってから、いつも身近に音楽がありました。寝る時もつけっぱなしでAMやFMを聴いてましたし、お気に入りのアルバムを一枚、また一枚とおこずかいをはたきながら、そのラインナップを増やしてゆきました。このアルバム――エンヤのシェパードムーンとウォーターマークは1996年あたりに買ったものでした。フランスにも持って行きました。

秋冬のシーズンに研修していました。一日の研修を終えて、夜の12時とか1時に、部屋でエンヤとかサラマクラクランとかエイジアとか掛けていました。同室のスタッフもときおり一緒に聴いてくれて、いいねと言ってくれてました。暖房は学校によくあったようなボイラー室から引っ張り込まれてきたスチームでした。一度はシャワーの温水が出なくって、それでもお風呂に入りたかったわたしは真冬に水風呂で水シャワーを浴びて身体を洗ったら、同室のフランス人におどろかれてびっくりさせてしまいました。心頭滅却すればとかいう格言を向こうの言葉でばしっといえればよかったのですが、そんなフランス語能力はわたしにはなかった。

そしてエンヤです。赤ワインを飲んでチーズをかじって、しんみり聴いていた音楽です。曲を聴きながら思うことは、たいてい一つのことでした。どうして生きてるのかなというそれです。結局、わたしは人生を通じて、死にたいと思ったことは一度もなくって、ただこの音楽を明日も耳にすることの出来る平穏があれば、また明日も頑張れるなと思いながら、ゆっくりと音楽に親しみながら一夜を過ごすというのが音楽の楽しみ方でした。

そしていまもその楽しみ方はあまり変わってない。たださいきん落ち着いて音楽を聴いてなかったなという印象を新たにしながら、でもエンヤの音楽は心にしみるなあ、いいなあ、と思いながら、あと少し、もう少しと、少しでも長い時間音楽を聴いていたくなるという感じでおります。中高時代にたくさんの音楽に接することができて、自分の中に音楽を聴きこむ素地ができてよかったなと思ってます。

そして、新規に、メタリカのアルバムを中古ショップで見繕ってきました。90年代中期の音楽にはずれは少ない印象です。その頃がわたしがいちばん何でも進んで聴いていた時代だったからこそですね。

 

 

2020.02.06 [木]
あんこにコーヒーは正義

ひさしぶりに食べ物の話題です。

地元の菓子匠でうぐいす餅と草餅を買ってきました。草餅は作り立てではなかったかもしれない。お餅がちょっと硬めでした。インスタントコーヒーと一緒に食べました。あんこにコーヒーは、ボンマリアージュだと思っているわたしです。

 

 

そこはデパートの売り場なのですが、洋菓子店でケーキにするか、菓子匠でこういうのを買うか、あるいはパン屋さんで創作パンを買うか、それともふだんは買わないけど、店頭で作っているシュークリームにするかって、候補はけっこうあったりします。この前は、マクドナルドでいちごのシェイクを買いましたが、甘いものを補給したくなることが多いので、このところお疲れ気味なのかもしれません。

 

 

これも地元のお店でみかけて買いました。贅沢搾りPLUSのベリーミックスと柑橘ミックスです。ベリー好きとしては、赤色のほうが好みでした。柑橘ミックスはわたし的にはサプライズ感があまりなかったです。リピートするならベリーミックスです。

今日はひさしぶりにスナック菓子の「カール」を食べました。あえて買うぞっと思わないとなかなか買うことのないお菓子です。食べたのは二年ぶりくらいでした。口の中の水分を持ってかれて、そのあと熱い飲み物を飲んだらひりひりする感じがあります。口の中どんなけ弱いんやって話ですけど。

きょうは休みだったけど、明日からはしばらく連続勤務なので、がんばってきます。

2020.02.07 [金]
プレイ記事を書きたい気持ちもある

はてなダイアリーの記事を検索しながら、けっこうたくさん読みました。ダーククエストアライアンスの記事や、グランディアの記事、海外翻訳FTの記事などを楽しく読むことができました。

ハック&スラッシュ系ゲームをときおり遊びたくなります。昨日はちょっとちがうけれど、Vitaで『東亰ザナドゥ』のフリーダンジョンを一周だけあそびました。そこは通常のダンジョンよりもかなり長いコースでしたが、回復アイテムをじゃぶじゃぶ使いながらなんとかクリアすることができました。これをノーダメージでSランククリアするにはどのくらいやりこまなければならないか、あるいは、プレイヤースキルを要求されるのか、考えるだけで途方もない気がしてしまいます。ゲームをしていると、ときおり紹介記事であったり、やりこみ途中の記事だったりを書きたくなってきます。

でもわたしはあまりに雑多にタイトルを行ったり来たりして遊ぶので、まとまったひとつのゲームを順番に積み上げてクリアしていくというタイプのプレイスタイルではないのですよね。でもたま~にまとまったものを書きたくなることがあります。それが読む本であったり、接するドラマであったり、日々だらだらと見てしまうYouTube動画であったりするのですが、そういうものに接したときに自分がどのように感じたかということを形にしておきたいという気持ちが強く生じるわけです。これは創作意欲と連なった思考なのだと思うのですが、それなら一次創作をもっとがんばらなければならないだろうと自分で自分を叱咤すべきだろうという義務感に駆られるわけでありますが。なんともはや。

2020.02.08 [土]
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(下)』

村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(下)』を読んでいる途中です。物語の秘密が読者の前に徐々に解かれてゆくところです。今回読んだところでは、「世界の終り」のワールドの仕組みというか、その世界の成り立ちのようなものを明らかにしてくれる箇所に行き合いました。

「じゃあ教えてやる。心は獣によって壁の外に運び出されるんだ。それがかいだすということばの意味さ。獣は人々の心を吸収し回収し、それを外の世界に持っていってしまう。そして冬が来るとそんな自我を体の中に貯めこんだまま死んでいくんだ。彼らを殺すのは冬の寒さでもなく食料の不足でもない。彼らを殺すのは街が押しつけた自我の重みなんだ。そして春が来ると新しい獣が生まれる。死んだ獣の数だけ新しい子供が生まれるんだ。そしてその子供たちも成長すると掃き出された人々の自我を背負って同じように死んでいくんだ。それが完全さの代償なんだ。そんな完全さにいったいどんな意味がある? 弱い無力なものに何もかもを押しつけて保たれるような完全さにさ?」

村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(下)』222p.

本作は、ハードボイルド・ワンダーランドというパートと、世界の終りというパートの2つの世界が交互に描かれます。世界の終りのパートは、ハードボイルド・ワンダーランドの世界を動き回っている主人公が計算士として働くに当たって、その脳内で機能する、あるプログラムの総体として描かれるストーリーです。世界の終りというのは、主人公の脳内の計算プログラムで、その世界観が、ハードボイルド・ワンダーランドのパートにまで食い込んでくるというぎりぎりの状況が描かれてゆきます。

こんかい抜き書きまでして注目したかったのは、弱者に犠牲を強いてまで、多数の安定を図ろうとする人間世界のエゴみたいなものが、直截的な言葉で明確に示されていることが目立ったのでした。

日本はこっそりと格差社会に転換していってます。弱者に犠牲を強いることをそれと意識させることなく、次第にぎりぎりとねじり、絞り切るように、根こそぎリソースを奪っていく。収奪される側が搾取されていると気づかないあいだに、がりがりと人生の粋を奪われていく実情がそのまま描かれているとすら思えます。

内容はファンタジー世界のものですが、こういう引用部の記述は、現実にぐさりと切り込むくらいに胸糞の悪さを感じさせてくれます。この胸糞の悪さは小説に対する怒りではありません。むしろよい小説は、本筋とは異なるところで現実と密接に関わり合っていると感じさせてくれるものだと思うからこそ、わたしがそんな印象を抱いたということは、この小説はしっかりと読み込むに値する作品であったということがいえそうです。

この小説は仕事の休憩時間に少しずつ読んでいます。あと二日、三日程度で読み終わるはずです。また面白いトピックがあれば今回のように書いてみることにします。

2020.02.09 [日]
永井真理子ファン

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(下)』を読了しました。世界の終りのパートで最後に主人公はその土地に留まることを選択する。これは平成、令和時代の主人公としては、戦略的敗退的な結末だったんだろうという印象を持ってしまう。これから先も変化することのない現状のなかに身をゆだねてしまうのは、失敗的な要素を帯びるものと見られかねないためだ。しかしこの物語の主人公は、そのような選択をよりよいものとして選び取った。これはいかにも象徴的な出来事のように感じられる。変化することを恐れる気持ちがそこには存在していないだろうか。しかし主人公はこの道を選んでしまった。誰にもこの決定を覆すことはできない。著者である村上春樹さんは、この小説をいま書いていくなら、結末は異なる方針を採るかもしれないという発言をされている。わたしもその方がいいように思う。この小説は消極的な選択を決定したがゆえに、小さな世界に甘んじる人物たちの行く末の限界が見えてしまっている。さらなる世界に飛び込むための勇気がほしい。その点でこの物語は不完全燃焼を誘発するように思える。もうすこしなにかいい方法があったのではないだろうか。

 

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PSPをひさしぶりに起動しました。『グランナイツヒストリー』です。これは現在、PS4で好評発売中の『十三機兵防衛圏』の開発元であるヴァニラウェア社が制作した過去作品で、これを発売日からずいぶん経ったあとにわたしは購入しました。当初は導入されていたオンライン機能もすでに停止されています。RPGとして楽しむことができる本作は、ステータスを操りながら少しずつできることを増やしていく方針が面白くて、ついつい止められない面白さがあります。隠し要素は少ないけれど、こつこつちまちま遊んでいける面白さはあるかな。

 

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14歳のときに目にしたコンテンツが人生最強になるという意見を知りました。わたしは94年時点では17歳でした。このころは音楽情報誌を毎週チェックして、このアルバムも発売に、学校をさぼってさっそく入手していたことを思い出します。このころの、自分の音楽との関わり方って、ほんと濃密だったなと思います。一枚のアルバムを購入したら、しばらくはそればかりを集中プレイして、自分の血肉の一部にしていく感覚があった。CDなんて貴重なんだから、一枚を購入したら、それを繰り返し聞かなければバチがあたるなんてもので。

永井真理子さんのセルフプロデュース。したいことをしっかりそこにこめて作られたんだなってことがわかるものでした。それを社会的にはなんら益することを行っていない自分のような人間が、熱烈に支持をしていて、毎日繰り返し孤独な部屋の中で聴いている。これは不健康な運動だったんだろうか。でも、これがあったからこそ、自分はこれまで破綻することなく人生をやっていくことができたんだと思う。なにがよくてなにが悪いのかよくわからないけど、少なくとも94年の時点でわたしはちゃんと永井真理子ファンだったということは確実なことでした。

2020.02.10 [月]
『この世の彼方の海』

次に選んだ本は、マイクル・ムアコックの「エルリックサーガ」の第二巻、『この世の彼方の海』です。これはゆっくりじっくり再読していた本で、その途中から今回も読みはじめています。混沌の神アリオッホを召喚しようとする主人公のエルリックですが、切ないくらいに魔神はいうことを聞いてくれない。しかも近くに侍る男の命すら要求してくる始末。大いなる運命の流れのためには、ひとりの男の命など小事にすぎぬこと、なんてう残酷な仕打ちを主人公に強いる冷血な存在であるところの、魔神アリオッホの残忍さが際立つシーンです。

しかしどうしてこんなにもエルリックサーガに惹かれてしまうのか。主人公がいわゆる憧れの存在というのでもない。つねに暗い影を背負っていて、大いなる運命の導きに翻弄される人生を送っている。自分は運命の主宰者であるかのように見えても、結局は宇宙の天秤の動きに左右されるコマのひとつにすぎない。しかもそのようにして動くことでしか自身の存在意義を確かなものにできないようなジレンマを身内に抱えているのが、この世界に生きるものに等しい感覚であるように感じられる。

ルリン・クレン・アというかつて栄華を誇った都市は見る形もなくなった姿でエルリックたちの前に姿をあらわす。水晶の瞳を求めてやってきたのだが、その水晶の瞳の中に閉じこめられて、世界を誤解していたことを知る。この極大、極小のズレみたいなものが、違和感なく埋め込まれているからこそ、一筋縄ではいかない読後感を醸しているのだと思う。確かに確からしい世界に足をおいていると信じているにも関わらず、次の瞬間に足場をさっと取り除けられて、不安定に陥ってしまうような疑心暗鬼がこの小説にはつねに付きまとう。たしかな地歩を与えてくれないのである。これもまた読み手に付きまとうジレンマみたいなものなんだろうな。

2020.02.11 [火]
ディアブロ3

○新潮3月号をあらかた読了。小説作品を細部まで読むのは、日を改めて余裕のあるときに回します。古川日出男さんの「曼陀羅華X 2004」を読むのが楽しみです。前作の続きかな。今作も、オウム真理教が裏のテーマになっているようです。古川さんの小説をこれまでに読んだことがなかったんだけど、これを機にすこし手を出してみようかな。

○PS4『ディアブロ3』。ひさしぶりにワールド1のクエストを一周しました。パラゴンレベルはようやく106です。このところのプレイでは装備品の更新ができていない。強い性能を持った装備品がこのところ滅多にドロップしないのがその理由です。プレイをしていればパラゴンレベルはこれからも上がり続けるでしょうけど、装備品の更新が滞ればプレイも行き詰まってしまうでしょう。シーズンはすでにあきらめています。シーズンのように期限付きでプレイするのは苦手なところです。できるだけ制限のないほうが楽しめるタイプです。

○ムアコック『この世の彼方の海』、294ページまで。短編「〈夢見る都〉」の途中。イムルイルが夢を見ているのはそこの住人が退廃的な空気に泥んでしまっているからだ。退廃の極みに達した都の皇帝として君臨する運命を遠ざけられたことを、心の底から救われたとエルリックは思いたがっている。かれに心の平安は訪れない。なんのために都に帰ってきたのか。一年をあけて久しぶりに再会した従妹のサイモリルは、その兄で、エルリック自身の従兄であるイイルクーンの手によって、間接的に殺される。しかも自分が手にしている最愛の剣、ストームブリンガーの刃にかかって、サイモリルは命を落とす。エルリックは決して豪壮無比な剣士ではない。麻薬の力を借りて、魔剣が生者から啜り取る正規の分け前にあずかり、かろうじてひと振りを揮う力を絞り出している。魔術の知識は当代一でも、心身ともに健康とは言えない虚弱体質ゆえに、行使することの出来る能力は限定的なものにとどまっている。本来であれば、一万年の余を人民のうえに君臨してきた魔導皇帝の嬰として、絶大なる力を発揮して人々を恐怖政治のもとに支配するような存在であるはずだった。体が弱いのは生まれつきのもので、そのために足りないものの補いとして、無用の知識に救いを求めた。読書を進んで行い、魔導書に読みふけり、魔人との間に用いる呪文の類も多岐にわたって習得している。かれの人生は綱渡りである。順風であるはずのときにも常に波乱を含んでいる。安定の次には不安定が待ち構えている。読んでいる間中、はらはらさせられる。その揺さぶられている感覚が面白くて、ついついこの先を読んでしまうことになる。もう何度目の再読かわからない。何度読んでも面白い。

○「グリム」シーズン5、第19話まで視ています。ようやく力が戻ったことをアダリンドはニックに話した。ここまで長かった。本当に邪悪な存在に戻ってしまうことを恐れているのだろう。この世界におけるヘクセンビーストはそこまで邪悪な存在なのか。その性根までも、ゆがめてしまうほどの力を持っているというのは、ほかのヴェッセン以上に、稀有な力を持っているということなんだろうか。たしかに死にかけている人間をこの世に連れ戻したり、身近な人間の姿に自分の姿を変えてだましたり、失った能力を復活させるためには、黒魔術も驚きのような手法をとって目的を達成したりする。わたしがグリム童話をちゃんと読んだことはないんだけど、寓話を寓話として以上に、その世界の成り立ち、仕組みみたいなものからしっかり読み込んでいくと面白いのかもしれないと感じ始めています。こんど岩波文庫でグリム童話の完訳を買ってみようかな。ドラマを見ることで、そのおおもとになっている作品に手を出してみようとするのって、物の関心の向けたかとして正当なものだとわたしは思ってます。いい傾向です。

2020.02.12 [水]
ヘンケル包丁

○五日ぶりの仕事休みで一晩ゆっくり過ごすことができました。

 

 

○お昼につくって食べました。冷蔵庫のなかにあったものの取り合わせです。たまごはかにかまを細くちぎったものをあえて炒めました。蕎麦という食材に合っているのかどうか、多少、疑問の残るところです。ごぼう天はいただきものです。4袋もらったうちの1袋を開けて使いました。

 

 

○なんとなく気が向いて22年間使っている自分の包丁をツイッターにあげてみました。ヘンケル(ス)の包丁です。調理の仕事をするときにあらためて買った包丁でした。調理師はやめてしまったけど、包丁は厳選した数本をいまも大切に使っています。そのわりに手入れの行き届いてないのはご愛敬というものです。ぴかぴかに磨いておいてこそなのでしょうけど、そのあたりがわたしの駄目なところなのでしょう。

そしてペティナイフはフランスでの研修先で、最終日に一緒に仕事をしていたフランス人の先輩から餞別としてもらったものでした。半年間お疲れさまといっていただけたときはうれしかった。あとで日本に帰ってきてからヘンケルのペティナイフを改めて買ったけど、それはいまもほとんど使わずに部屋の中に保管しています。これはおろさないままでいる可能性が高いです。

 

 

○このまえ買ったDVDボックスの『エウレカセブン』を3話から視始めました。この画像は5話のものです。リフ(波乗り)の最中に酔ってしまってゲロったレントンが、みなにいじり倒されてるシーンです。好きな相手であるエウレカにも鼻をつままれるしぐさをされて、レントン、いいとこなし。おばかだけど、熱意だけは買うよっていうキャラクター。サターンの名作RPGの『グランディア』に登場する主人公のジャスティンも、こういうキャラだったよね。お母さまからの愛情のこもったおぼんチョップとか、当時は盛り上がりました。エウレカセブンのなかでも、ホランドがこんな風にいいます。「あいつ(レントン)はこれまで叱ってくれる大人がいなかったんだ。俺らがその役を担ってやらなあならん」という感じで。ちゃんと大人が出てくる創作物っていいなと思いました。

○きょうも3時間ほど、『ディスガイア5』を遊びました。カヤノさんのレベルもけっこうだらだらと上がっていきました。あと、重騎士の新キャラも育ててます。アイテム界でぎりぎり倒せるレベルに調整してみっしり鍛えてゆきました。ディスガイアは面白いくらいにレベルも、マスタリーレベルもあがるからやりがいがあります。根本的に、作業ゲームであることは否めないのだけど、作業ゲームであることに開き直っているからこそ、やりこみ勢にはかけがえのない魅力となってこのシリーズが見えて来るんですけどね。

○PSストアを確認してみて、『シャドウ・オブ・ウォー』の拡張パスセットを購入しようとしたら残高が20円くらい足りませんでした。こんどコンビニにでもいって、プリペイドカードを買ってきます。そろそろまた遊び直そうと思ってたけど、気分をそがれてしまったな。

2020.02.13 [木]
カネシロパレス進捗

○PS4のソフトを重点的に遊びました。まずは『ペルソナ5』(無印)。ロイヤルでもスクランブルでもなく、ノーマルのP5です。まだ六月下旬、カネシロパレスでわたしのときは止まっているのでした。ようやく内部潜入も佳境にはいって、あと一息のところまで侵攻しました。
 あと一戦か二戦すればTPが枯渇するところまで来ています。いちおうセーフスペースでセーブはしてありますが、イベントの内容次第ではいったん引っ返して態勢を立て直す必要もでてきそうです。明日仕事から帰ってきてからつづきを遊びます。

○小説を書き始めています。いちおう一日10枚を目標に書き続けていくつもりです。きょうで三日目。30枚の塊ができました。この調子でずっと続けていけるといいのですけど。

○「JOKER」のDVDを見ました。映画館に引き続き、二度目の視聴体験でした。テレビショーに出てからのアーサーの論理展開と、犯行に向かうまでの心理の動きに着目して観てみました。そのあとの集団のカリスマに祭り上げられるシーンも、現実にありえそうななんらかの象徴のようにも思えて、不気味に感じられました。他人事と思っていてはいけない感じがしました。

2020.02.14 [金]
るなどんアイコン

きょうのお昼ご飯。

 

 

安上がりといえば安上がり。お昼からアルコールを飲んでるところが、普通に働いてる人、ごめんなさいといいたいような内容です。

 

 

ツイッターアイコンをあたらしいものに変えました。スチーム版「ルナティックドーン2」のプロフィール画像です。これが出たのは90年代でしたね。わたしもよく遊んでいました。ひさしぶりに2を遊んでみると、能力値をあげるタイミングがわからず、結局、訓練場でキャラを強化しても、野良に出ると敵にまったくかなわず、敗退しました。ルナドンの適切なリソース配分をちゃんと考えてプレイしないと簡単に詰んでしまいますね。セーブしてあるので、最初にもどってやり直しです。

 

 

ムアコックのエルリックサーガ第二巻「この世の彼方の海」を読み終わりました。何度読んでも楽しめるのはいいですね。この暗鬱なる世界観ははまると癖になる面白さです。2006年に刊行された新装版なんですね。これは発売日に買ったものと記憶しています。また繰り返し読むことになるんだろうな。

2020.02.15 [土]
濃霧注意

職場でチョコレートをいただきました。全員で袋タイプのものを二袋分けてもらっただけですが、なにもないよりはもちろんうれしかった。一か月後はクッキーでも持っていけるようにしたいな。

DVD借りてきました。グリムの最終シーズンの2~4枚目と、映画を三種類。グリムは7枚目で終わりです。泣いても笑ってもこれが最後。終りに近づいてまた面白くなってきたので、最後まで楽しんで視ることができそうです。

あと、きょうは帰ってくるときに濃霧が出ていました。田舎道を照らす照明器具(街灯といういい方でもないしな。なにかいい名前あったかな)の周りには、ぼんやりと丸いかさがかかっていて、幾分幻想的な気味も見せていました。あと霧が出た原因なのかもしれないけれど、ふだんより暖かく感じられました。

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Author : sougen

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