好きなものだけ

〈小説編1〉

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半村良

『太陽の世界』(角川書店)

 小学六年のときに一巻を手に取った。アニメタッチの表紙絵で、ライトな読み口の角川文庫に、藤川桂介『宇宙皇子』(いのまたむつみ/画)、田中芳樹『アルスラーン戦記』(天野喜孝/画)、半村良『太陽の世界』(佐竹美保/画)の三作があった。
(三シリーズとも、数年かけて、新刊を追いました。)

 むかし海に沈んだとされるムー大陸の、在りし日を描く偽史的、神話風の物語。好戦的なハユト族に追い立てられ、善良なアム族は放浪の旅に出る。その途上、彼らは、合掌することでふしぎな力を発揮するモアイ族に出会い、旅路を同じくする。アム族の娘サハと、モアイ族の男イルとのあいだに、聖双生児が誕生する。旅を続けるうちに、両部族の血は交じりあい、迫りくる困難は智恵と胆力とによって乗り越えられる。やがて、アム族は約束の地に辿りつき、そこに、じっくりと腰を据え、地力を培い、他地域へと勢力を伸ばしはじめる。建国神話に引き続き、身分格差に、権力闘争にと、うちに毒を孕みながらも、日々、前へ進んでゆく。

 族長や、勇士、知恵者に、能力者たちの言動や行動は、幼いころのわたしにとっての、なによりの教科書だった。「われらの友ならざるはなし」。いっとき晦まされようと、耐えてゆけば、いずれ光の見えるときもやってくる。アム族の一員として、族長ホサムに付き従い、旅路につくイメージを抱きながらページをめくった。美貌のヒジとレプケとの関係に、地を征くものにキズはやむなし、とイハムはいう。人と人とは関係し、巡り巡って、繋がって行く。万物流転――運命も、因果も、生死も、明暗も――人生の妙味の一端を幼い時期に知れたことは、のちの人生に、大いに役立った。

 簡素なのに、味わえば、ずいぶん深くまで行ける文章は、再読してなお余韻がある。惜しむらくは未完であること。単行本は18巻。文庫版は14巻まで刊行されている。著者は2002年に亡くなった。ゆえに、続きの書かれることはない。

『妖星伝』(講談社文庫)

 全七巻中、最終巻の出来栄えに震えた。時代物の枠内で時空を超えるSFをやってのける、奇想天外な、横溢する創造力に感銘をうけた。形而上の筆致といっても、哲学者や、純文学の書き手の文章とちがい、あくまで、一般文藝の域内での、かみ砕いた表現による作品構造を維持している。

 外道皇帝の名称には、なにか外してしまった感がある。神道と対応させての鬼道、そして外道。表立っては姿を見せない、日本の、影の部族を、デビュー当時から、半村氏は作品にしている。SFであり、伝奇でもあり、神秘的なものを掠めながらも、娯楽作品として安定した面白さを有する。また、直木賞系の作家の中で、わたしがもっとも好きな文章の書き手が半村さんである。小学生の時分から愛読している『太陽の世界』のためだろう。自然の描写とか、精神論とか、キャラクターの台詞とか、半村さんをお手本にして書いた文章が、物を書く初期にたくさんあったので、いまでも、半村さんを、先生のように思っている。

 中学時代、夢枕獏さんの作品にも触れていたので、三十間近でこのシリーズを通読して、超常現象をからめての超能力戦に懐かしさを覚えた。基本、幻想小説よりも伝奇小説にこちらの好みのセンサーは強く振れるので、半村さんの小説への親和力は非常に高いのである。宇宙空間に飛び出して時空の流れを感得する。新潮文庫で読んだ、第一回、日本ファンタジーノベル大賞最終候補作『星虫』の展開に似たものを感じる。日常の感覚を飛び越える。行為を疑似的に体験することは変身願望を満たすところがあって、物足りない日常にひたる自分を慰めてくれる心地よい読み物と感じられる。

 胎内道については、漫画になるが、諸星大二郎さんの『暗黒神話』にも似たものがあった。どちらが先かというより、どちらもストーリーにぴったりはまっていて、どちらも好きな物語だから、どちらが本家だ、どうだというつもりもない。伝奇小説はすばらしい。

田中芳樹

『アルスラーン戦記』(角川文庫)

小学四年のときに第一巻を購入して以来、この作品のファンになった。はじめて買った日本産のファンタジー小説だった。「ペルシャとはどこぞ」という無知っぷりからはじまって、基本的な知識のないままに、しかし話は面白く、登場人物たちは、子供の自分にとっては及びもつかない理知的な言動を行い、巧妙な策略を張り巡らし、機微を捉えた男女の恋愛模様を織りなしてゆく。

巻を読み終えるたびに、つぎはいつ出るかと楽しみにするのだが、いつしか刊行ペースは亀の歩みとなり、もう最後まで書かれないのではないかと、あきらめていた。それがここ数年、とんとんと速足に書き進められた。最終巻は未読だが、生きているうちにラストまで出たことに評価の一端を絡めておきたい。

アルスラーンの前に、国内の中世ファンタジーはさほど多くなかった。国内でも、歴史に近いもの――歴史というより、叙事詩に近い――はなかなか描かれない。安易なもの、軽いもの、浮ついたもの、質の浅いものは濫造のきらいがあるけれど、本作のように素地のしっかりした国内ファンタジーといって挙げられる書名はそう多くない。

王子アルスラーンの成長。ダリューンとナルサスの腐れ縁。エラムの献身。ギーヴの芸術家的行為。ファランギースの華麗なる活躍。キシュワードの口の悪さ。ヒルメスとの対立。蛇王との対峙。聖剣伝説の、絢爛たる物語が織りなされる。ファンタジーに目を開かせてくれた、わたしにとって記念碑的作品。

安能務

『封神演義』(講談社文庫)

 地上の英雄偉人を、死後、神の位置に据えるために、熾烈な争いを繰り広げさせて、次々に落命させてゆく英雄伝。『三國演義』や『水滸伝』のように、綺羅星の如き英雄たちが次々に亡くなって行く。英雄たちは、ひとりにひとつ、宝貝(パオペイ)という、それぞれに固有の能力を有する獲物(武器)を用い、力比べに、知恵較べに、策略の応酬、だまし討ち、等の、戦闘を繰り広げる。荒木飛呂彦さんの漫画『ジョジョの奇妙な冒険』のスタンド能力のように、ひとり一能力(一道具)が基本である。

 上・中・下、全三巻のボリュームで、殷から周へとかわる時代に相当する。殷末紂王はその妻・妲己と共に、民に塗炭の苦しみを味わわせた。その暴君ぶりに、臣下たちも震えあがり、政治も経済も円滑に進まず、次代を担う名君の登場が待望された。つまり、西周の文王である。殷周の対立を縦軸に、おのおのの英雄たちの、華麗なる戦闘を横軸に、スケールの大きな織物が編み上げられる。

 高校時代に読んでいた。同作家の『春秋戦国史』を読む同級生がいたので、その知人の顔と共に印象に残る作家である。

テリー・ブルックス

《ランドオーヴァー》シリーズ(ハヤカワ文庫FT)

第一巻「魔法の王国売ります!」
第二巻「黒いユニコーン」
第三巻「魔術師の大失敗」
第四巻「大魔王の逆襲」
第五巻「見習い魔女にご用心」
第六巻「(原題)A PRINCESS OF LANDOVER」

(近々第七巻(最終巻)の刊行が予定されています。)

NHKのラジオドラマ「青春アドベンチャー」で知った作品。地元の書店の棚には置かれなかった作品だったため、放送から五年も経ってから読むことになりました。翻訳作品を読む機会はそれまでにも何度かありました。翻訳者の腕のおかげでしょう。とても読みやすくて整っているうえに、日本語として口にした時の歯切れの良さもあって、翻訳者であり小説家であり歌人でもある井辻朱美という名を作品の印象と共に深く心に刻みました。ユーモアファンタジーというジャンル分けがされています。ひとりひとりのキャラクターの個性がつよくて、ひとつひとつの性格が衣装を着て舞台を駆け回ってる感じです。とくに、宮廷史家のクエスターと、宮廷書記のアバーナシーの、とりとめのない、あらのつつきあいの、掛け合い漫才が面白かった。妻と子を同時に亡くしたが、まだ生きる意欲を完全には失っていない、中年の弁護士である主人公ベン・ホリデイが、いかにして自分の生きる道を切り開いてゆくかという、自己確立、自己追認のストーリーでもありました。六巻以降は、翻訳もされないため、英語の苦手なわたしは原文をあたるのがきついです。

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